銀盤にて逢いましょう “宵の逢瀬の…”

       “コーカサス・レースが始まった?” その後




     4



どんなに夜更けであっても 都会の夜は真っ暗闇とはいかない。
何かが稼働してますよランプとか 小さな小さな表示用のライトなどがあってのこと、
必ず何処かに明るみが多少はあるので、
野生の生き物ほどじゃあないとはいえ人の目はちゃんとそれも捉えており。
夜中に目が覚めても おトイレくらいならわざわざ明かりを灯さずとも不自由はしないし、
隣近所どころじゃあない 街中が停電なんて騒ぎにでもならぬ限り、
街灯やネオンなどなどが邪魔をして
様々な星座が遊び、実は毎日大なり小なり流星が翔っている本当の星空だって望めない。

 「結構 上玉がいたよな。」

港の一角にて繰り広げられた宵のお祭り、
ショッピングマート主催とやらの花火大会に ずんと賑わった華やぎも、
最後の大仕掛け花火が見事に決まってのほぼ予定通りの時刻にお開きとなり。
昼間でもここまで混み合わぬほどの雑踏が 少しずつ最寄りの駅へと吸い込まれてゆき、
数時間もすれば閑散としたがらんとした埠頭前に戻ってしまっている。
本来そういう場所なので、此処で余韻にひたろうなんて顔ぶれもなく、
DJもどきが司会を兼ねて立っていたやぐらも音響の設備だけ撤収されて、
主催本部の詰め所だったブースや屋台の骨組みなど、片づけ損ねのあれやこれやが、
出来の悪い遺跡みたいに物寂しくも月光の微かな光に照らされているだけ。
ここいらでは風の音よりないも同然の環境音、
潮騒と呼ぶにはお粗末すぎる、コンクリの岸壁へ寄せる波の音がぴちゃぱちゃさえずる操車場の陰にて。
周囲に人目がないことへ油断してだろう、低められてもない声が下卑た含み笑いと共に放たれて、
それを追うように別の声が似たようなトーンで返される。

「ああ、いたいた。」
「何人か写メ撮ってあるぜ。」
「あれ、グループで来てたみたいだぜ? 駅へ続く道で手ぇ上げ合ってたし。」

余程に目を引く美人さんたちがいたものか、
勝手な評を付けての盛り上がり、それぞれ情報交換を始めた連中であり。
煙草や缶の酒など片手に、

「いつもみたく裏SNSで尋ね人すりゃあ、報酬次第でなんぼでも追跡出来るってもんだ。」
「俺なんざ 安のおんじからもらってた発信機くっつけた。」

ほんのいっとき、雑踏の中でたまたま間近に居合わせただけという間柄。
何処の誰かまではまだ知らないが、その気になりゃアすぐにも探し出せよう、
そんな俺らがちょいと脅せば、たかが小娘だ言うことも聞こう、
鼻っ柱が強くたって胸倉掴んで浴衣をはだけさせ、大勢でのしかかりゃあ手もないさと、
場慣れしてそうな言いようをし、がははと品のない笑いようをする。
人相の悪さといい、どうやら日頃からも良からぬことを企む連中であるらしく、
先程の花火大会の賑わいの中、夜空を見上げず地上の花へ目星をつけていたと言いたげな会話であり。
呆れるような悪事の算段に他ならないというに、手柄自慢のご披露合戦のようになっている辺り、
どうも今宵が初めての悪だくみでもなさそうで。

 「……。」

そんなけしからぬ面々へ、
特段 慎重に構えちゃいないところはいい勝負ながら、
そちらさんには手慣れたそれか、
あくまでも自然な所作動作で足音も気配も無く近づいた影がいくつか。
風を切って舞う海鳥のような、いやいや今は夜更けだから 差し詰め魔物の係累か。
それは颯爽とした身ごなしで集った面々、
下衆な相談に沸く古倉庫を取り巻くと、
視線を見交わし、意を合わせ、そのまま今度は無造作に踏み込んでゆく。
砂埃を踏みにじる ざりざりという靴音に、さすがに誰ぞかが気付いたらしく、

 「何だ、手前ら。」
 「此処は俺らのシマなんだ、他所へ行きな。」

追い払おうというつもりか、一応は堂に入ったような態度で上から言いのけたものの、
2か所ほどあった締まり切らないシャッターのある搬入口から現れたらしい
複数ずつな誰ぞの気配や影はちいとも怯まず。
数歩分ほどの間を残して歩みこそ止めたものの、
何かしら窺うような、へたれた物腰も見せずの背条も伸びており、
むしろ先にいた連中の側が鼻白むような、威圧さえ漂う態度なのが仄見える。

 「何だよ、何か文句でもあんのか?」

話しかけても来ない、こっちからの追い払いへの応じもないのが不気味か、
更に噛みつくような言いようをし、鼻にピアスの男が威嚇を兼ねてか一歩踏み出す。
気が短くて動作の素早さにも自信があるのだろう、
先手を取って有無をも言わさず鼻っ面を叩いてやらんという態度。
いつものことか、仲間内もにやにや笑って“あ〜あ怒らせてやんの”という顔になったが、
そんな半笑いがすぐさま一時停止した。

 「…、がはっ。」

皆の前へ踏み出した鼻ピ男が、何に躓いたか唐突に立ち止まり、そのまま妙な声を上げたから。
古ぼけた木箱や煤けたスチールユニットがまばらに散らばる倉庫内にはさして死角もなく、
相手は暗がりの中に立つ ほんの数人ほどと見越していた。
普段からも根拠のない威勢を振りまき、
周囲が怯むのへどういう勘違いかも判らぬまま居丈高になってた ごろつきども。
自分たちとご同輩の、同じような揮発性の高い突っ張りでもなし、
こんな風に一向に反応がないケースは初めてか、
見るからに威嚇して来ていたわけでもない相手だのに
先鋒の暴れん坊が予想に反してやられたらしく、
立ち止まったそのまま どさりと声なく倒れたのを察し、何だ何だとざわつき始める。

 「……。」

後から来た側は相変わらずの音なしの構え。
威嚇の動作も罵声も何もない、あくまでも無言なままながら、
実はそちらの先鋒が、相手の陣営の気配をあっさり読んでのこと、
生意気な鼻ピが踏み出すのとほぼ同時、
切れのいい動作で何かしらの得物をその手へすべり出させると、
煤けて荒れたコンクリの足元を、
ゴム底のスニーカーで力強くも ざりと擦って蹴ったそのまま、
いかにもな前傾姿勢になって、疾風のように飛び出しており。
出会いがしら同士、ぶつかりそうになって たじろいだ相手の脾腹を目掛け、
スライド式の特殊警棒を突き出して 痛点が集まっているツボを的確に突いたものだから、
鼻ピの先鋒、声もなく倒れ伏し、そのまま悶絶しているだけのこと。

 「……い、痛てぇよぉ。なにしやがんだよぉ…。」

少しでも俯けば顔に陰が落ちるほどに頼りない、
常夜灯のみの明るさという条件は同じじゃあありながら、
街灯が多い戸口に近い側に立ってたのは自分らのほうであり。
なのに、いやさ、だから、何が起きたかが判らないのが無性に不安で
焦りと恐怖が遅ればせながら涌き出したか、
腰を落として身構えたり、すぐ隣の仲間へ何なんだよと問うてみたり、
見るからに浮足立っての落ち着きが無くなった模様。

 「え?」

そんな自分たちへ躊躇なくぐんぐんと迫って来た影があったらしく、
あったと存在へ気づいたときにはもう すれ違い終えていて。
冗談抜きに、ひいっという情けない声も上がったほどだったが、

 「 …あ。」

体のどこにも何も当たってはないし、腕も足も痛くもないの、
少し間をおいて確かめたのが、
一番端に立ってた派手なロゴTシャツにイージーパンツといういでたちの輩。
ほっとしつつも 何だこの野郎 脅かしやがってと言い返そうとし、
振り返ったそのすぐ間際の背後に、
気配もないまま白い顔の存在がぬうと立っていたものだから。
立ち止まったにしても、
もっと離れたところでと思い込んでた身には
某『呪/怨』みたいな こんな度肝を抜く演出は思いもよらなかったらしく。

 「ひっいぃいぃ〜〜〜〜〜っっ!」

後ずさりしかかりすぐ横にいたお仲間にぶつかり、縺れるように地べたへ転がる。
それさえ別口の何か妖かしにでも触れたとでも思うたか、
自分からぶつかっておきながら
朋輩へ腕を振り回し、蜘蛛の巣でも払うようにもがくものだから、

 「ちょ、痛てぇって。何してんだ お前、おいっ。」

落ち着けよと手を伸べれば振り払われ、
何だどうしたと怪訝に思った其奴の視野へ
やっとそれを怖がったらしい部外の人物がいるのが確認されて、
何テンポも遅れてギョッとされてる辺りは出来の悪いコントのよう。

 「………。」

問題の影はといやぁ、
口許は黒いマスクで覆い、前髪を押しつぶすほど深々とかぶったキャップの庇で目許も影の中であり。
表情どころか顔自体がよく判らぬ存在として、立ち止まったその位置に依然として立ったまま。
しかも すうぅっと肩の上へまで上げて見せた手には、
いつの間に掏り取ったか微妙なパンク風のカバーを付けたスマホが1基。

 「えっ、あ、それはっ!」

肝が縮んだはずの端っこのロゴTの輩、
小汚いデコだが自分では気に入りか、
素早くハッとし、咄嗟に腰へ手を当てた そのタイミングに重なって、
液晶画面をタップされ、
先程仲間らと見せ合っていた浴衣姿の愛らしい少女の写メが呼び出されている。
お顔が明後日の方を向いていて、盗撮なのに間違いなく、

 「誰の許しを得て、このような無礼狼藉を働いた。」

マスク越しの低い声は、だが、まだ若い青年のそれで
ただ、何だ若造かとあしらうには重さと迫力が違う。
それこそ罵倒や啖呵に慣れのあろう、腹に力の入った声での一喝、
怒鳴られたわけでもないのに、聞かなきゃおれぬ 声の存在感というものが備わっており。

 「あ…。」

返答を待つ気はなかったか、薄っぺらなスマホがひょいと頭上へ抛られ、
メタル装丁がされていた角っこがちかりきらりと光を振りまいたその途中、
放物線から落ちて来たところでひゅんッと何か素早い一閃に薙ぎ払われ、
あっという間に傍らの壁へと叩きつけられている。
自分たちのやらかすやんちゃと変わらぬ、勝手で非道な扱いだったが、
それでもいきり立つより思うところがあったのか、
ハッとした他の面々の幾たりかが顔を見合わせあったのが

 「…まさか、こいつ。」
 「あの “黒の双刀使い”じゃあねぇか?」

さすが横浜、様々な国籍の住人が早くから居付いておいでなだけあって、
都市伝説もなかなかバラエティに富んでいるらしく。
中でも、謎の練達や使い手の話には枚挙のいとまがない。
半グレが隠れ蓑に立ち上げた自警団の凄腕の中に、
実は反社会組織で裏の仕事をしている “本物”が紛れているという物騒な話もあるらしく。

 「……。」

そんな下らぬ内緒話なぞ、聞こえはしても応じてやる義理はなし。
ただ、スマホを弾き飛ばした得物は逆手に握ったまま見せてやる。
両の手へそれぞれに握ったそれは、ぶんっと勢いつけて振り抜けば棒状に固まるちょっと特殊な代物で。
そうと見えたか、うあ、やっぱりかと立ちすくんだ輩どもだが、

 「…。」

再び振り抜けば、硬直が解けて蛇のようにしなう形態へと変化する。
実は特殊な形状記憶素材の鞭であり、
中距離相手でも巧みに御せる辺り、彼の“かつての異能”と重ならぬでない手技かも。
さすがに浴衣からは着替えた身、
夜陰から滲み出した黒衣は月の下にバックル部の白銀閃かせて軽やかに躍る。
噂の双刀使いは、ずんと若い青年で。
白い頬を冷たく凍らせたまま、
しなやかな肢体、潮風に乗せての舞うように躍らせて。
素早く駆けるその姿、何とか把握出来たとしてもすぐ目の前では為す術がない。
逃げようにも防御をしようにも手は遅く、
ひゅんッと繰り出された得物の先で脾腹や頚の血脈を的確に撫でられ、
あっと叫ぶ暇間もないまま、その場へ倒れ伏すしかなくて。
そんな彼が追い詰める役かと思いきや、

 「待てっ!」
 「てめぇっ!」

狙いから外れていたのをいいことに逃げりゃあいいもの
愚かにも遅ればせながら掴みかからんと追って来た雑兵たちを、
一つところへ集める“オトリ”役でもあったらしくて。

 「すまないね、充電に時間を喰う武器で。」
 「如何様にも。」

やはり気配無く佇んでいた長身の男が 搬入口にいつの間にか待っており。
逃げる素振りで数人ほどを故意に追わせた青年と
擦れ違いざまに短くやり取りする。
黒衣にマスクの青年は、そのまま壁に足を掛けると、

 ―― ざぁっ、と

生身でそこまで出来るかと、唖然とするほどの跳躍で、
風を撒いての宙へ高々翔ったのを、おおと見上げた隙だらけの賊ら。
下っ端も中堅の輩も入り交じっての、呆然としているのへと、

 ―― 哈っ!

深夜の暗がりごと まとめて絡げたは、随分と長身な男が振り上げた何かしら。
さして特殊な大物の得物とか、ましてや刃物とかじゃあない。
細い細いただのスライド式の差し棒のようなものだってのに、

  その一閃のすさまじさ、雷鳴なきイカヅチの如く。

ぶんと振られた一閃の圧が途轍もなく重く、
それが振り下ろされて生じた剣戟のような衝撃は
思わずのこと、吹き飛ばされぬよにと踏ん張ってしまう種のそれで。
しかもそこへ、
一体どういう仕掛けか、恐らくは静電気関係のそれだtろう、
ばちぃっという音もすさまじく、一瞬小さなプラズマ光もとんだ一撃が降り落ちる。

 「うわぁあぁっっ!!」
 「ぎゃっ!」

得物と腕の尋を足しても到底触れないという距離があっても関係なく。
暗がりのあちこちに転がるがらくたごと、パンと弾かれ飛び上がる。
単なるこづき合い以上の修羅場を幾つもこなしていよう、本物のつわものの迷いなき一閃であり。
チンピラ同士の諍いでは自慢だったのだろ腕っ節とやらも、
こうまでの手際の良さと超人的な身ごなしを前にしては、
素人同然にたまげるばかりか、萎縮しきっての固まっているばかり。

 「ま、こんな “とうしろ”連中ごとき、畳めなくってどうするかだよな。」

あっさり搦め捕れなくてどうするかとばかり、
頼みもせぬのに先鋒を務めた赤毛の女傑がふふんと笑った。
そんな中也へは、

 「何でキミが掃討組に混ざっているかな。」

その代わり…というつもりじゃあないが、
麗しき我らが女性陣へよこしまな視線向けてたいかがわしい連中、
どうせ余罪もあろうから、自警団の討伐活動の一環として容赦なく畳むぞと、
ハマで随一と評判の“ポートマフィア”が出動と相成ったのへ、
勝手にもぐり込んでいたのが太宰であり。

 「キミだって狙われてたうちの一人なんだよ?」
 「あ"? 手前こそ、勝手に一員でございって顔して手ぇ出してんじゃねぇよ。」

まあまあまあと、古株のお兄さんがお転婆な特攻隊長をなだめるのも、いつもの流れだとか。
ものの数刻にて 良からぬ企みに顔を合わせていた半グレやチンピラを掃討し終え、
あとは…風になぶられる梢のさざめき、時折沖合のそれか船の汽笛くらいしか聞こえぬ、
森閑とした静けさが満ちるばかりの旧埠頭前。

 「そういや、さっき手前が振るったのって、何だったんだ?」
 「人体にさほど害はない代物だけど、スマホのデータはお釈迦になっちゃっただろうね。
  済まなかったがこれもしょうがないよね。」

これで済んで感謝してほしいよと適当なことを言い、

 『ついでに言やぁ、
  北の中島の大御所の箱入り娘に何かありゃあ、
  こっちの○○組とか××会とかが責任をなすくり合って抗争になりかねないよと、
  公安方面へも囁いてあったしね。』

 『おいおい…。』

けろりと言ってのけた二枚目さんへ、
赤毛の浴衣美人が閉口したのもいつもの流れ。
姉さんからの仕込みも行き届いており、汚さぬようにと着替えたそれら、
怪しまれないよう脱出したいでしょなぞという口車に乗せられて、
するすると手際よく着付け直した中也に惚れ惚れ見惚れつつ、
そのような後始末の段取りを語った太宰。
何だそりゃと呆れる美人さんへ、

 『だってホントの話だし。』

うっかりじゃあ済まない話だよ。
安吾や織田作に告げ口するより手っ取り早く怖い目見ることになる。
中島さんとこのお嬢が怖い思いをしたんだとぉ?!
何処の組のバカがちょっかい出しやがったっ!
思い違げぇしやがったバカを草の根分けても探し出せ、素人でも引っ張ってこいっ

 『……ってね。』
 『うう…。』

理屈が判るだけに二の句が継げない、中也さんの薄い肩を懐へと引き寄せて、

 「それを防いでやったんだから感謝してほしいくらい。
  勿論、キミらの頼もしい成敗があってこそのおまけだけどね。」

芥川くんたら、引き渡しも待たずに あっという間に居なくなったねぇ。
さては敦くんとどこかで待ち合わせているのかな。
夜歩きは奴こそが許さんから安心しな、と。
互いの保護するプレイヤーさんたちを両親然という言い回しで案じつつも、
憎まれ言うのも照れ隠し、実は愛しい存在の温みや視線を間近にし、
ついのこととてほころぶ頬を、夜風がくすぐる夏の宵…。




     〜 Fine 〜    19.08.07.〜08.26.

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 *結局なかった盆休み以降、
  妙に忙しくって筆が進みませんでしたすいません。
  そして、ついついドカバキ、ケルナグールが入る荒くたいおばさんです。
  タイトルのロマンチックな逢瀬はどこ行ったやら。(とほほん)